「地域を診る」とは。岩倉の歴史と家庭医療にふれる|第17回日本プライマリ・ケア連合学会 サイトビジット|イベントレポート|岩倉駅前たはらクリニック

 
 

 
2026年5月、京都で開催された「第17回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会」。その関連企画として、学会会場を飛び出し、地域医療の現場を実際に訪ねる「サイトビジット」が開催されました。
訪問先のひとつとなったのが、京都市左京区岩倉にある当院「岩倉駅前たはらクリニック」です。当日は全国から医師や医療関係者のみなさまにお越しいただき、院内の見学とあわせて、当院で実践している家庭医療やプライマリ・ケア看護師の役割について紹介しました。
子どもから高齢者まで、その人の暮らしや人生に長く寄り添う家庭医療。そして、古くから地域のなかで人を受け入れ、支えてきた岩倉の歴史。日々の診療と地域の歩みを重ねながら、「地域を診る」「地域で診る」とはどういうことなのかを、あらためて見つめる時間となりました。
本記事では、サイトビジット当日の様子とともに、岩倉駅前たはらクリニックで実践している家庭医療の取り組みと、その背景にある岩倉の歴史をご紹介します。
 

<イベント概要>

日時 :2026年5月29日(金)14:00〜16:30
会場 :岩倉駅前たはらクリニック(京都市左京区)
テーマ:「会場から歩いて10分、家庭医療の“まんなか”へ」──地域に根ざす家庭医療クリニックの現在地
主催 :第17回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会
 

<当日のスケジュール>

14:00 集合
14:00〜15:30 院内見学/取り組み紹介/学会認定プライマリ・ケア看護師の活動紹介
15:30〜16:15 中村治先生 講演「岩倉地域の歴史──精神医療史を中心に」
16:15〜16:30 ディスカッション
16:30 終了
 

◆岩倉駅前たはらクリニック

岩倉駅前たはらクリニックは、2016年に京都市左京区岩倉に開院した家庭医療クリニックです。家庭医療専門医と小児科専門医が在籍し、子どもからご高齢の方まで、年齢や診療科の垣根を越えて、地域に暮らす人々の健康を支えています。外来診療に加えて、在宅医療や予防医療にも取り組み、病気だけを見るのではなく、その人の暮らしや家族、価値観、これまで歩んできた人生にも目を向けながら、継続的に関わることを大切にしています。また、学生実習や専攻医の受け入れにも力を入れ、大学とも連携しながら、家庭医療・総合診療を実践の場で学ぶ「教育診療所」としての役割も担っています。
 

◆登壇者

田原 正夫
院長/家庭医療専門医
当院の診療と取り組みを紹介
 
田原 佳代子
学会認定プライマリ・ケア看護師
認定看護師の活動を紹介
 
中村 治
京都府立大学 特任教授
岩倉地域の歴史を講演
 
 

家庭医療の“まんなか”へ。岩倉で実践する地域医療

サイトビジットは、まず院内の見学からスタートしました。診察室や処置室などを巡りながら、普段どのような診療を行っているのか、院長やスタッフから説明を交えてご紹介。参加者のみなさまには、実際に診療が行われている空間を歩きながら、当院の日常に触れていただきました。
 
院内をひと通り見学したあとは、研修室へ移動。ここからは、私たちが日々の診療で大切にしていることや、岩倉という地域でどのような医療を実践しているのかについて、より深くお話ししました。
 
 
まず登壇したのは、田原正夫院長。岩倉という地域の特徴に触れながら、当院で実践している家庭医療について紹介しました。
自然豊かでありながら交通アクセスもよい岩倉には、昔から暮らす住民、新しく移り住んだファミリー層、学生や大学関係者、外国人など、さまざまな人が暮らしています。一方、北部の住宅地では高齢化が進み、移動が難しくなった高齢者もいます。当院では、そうした地域の変化にも応じながら、訪問診療を行っています。
診療するのは、子どもから高齢者まで。日常的な病気やけがはもちろん、思春期の悩みやメンタルヘルス、予防医療、在宅医療、看取りまで、地域で暮らす人々のさまざまな健康課題に向き合っています。
そんな幅広い診療のなかで、田原院長が家庭医療ならではの魅力として紹介したのが、「継続して診る」ということでした。
たとえば、大学進学を機に親御さんと一緒にやってきた学生が、髪型や服装を変えながら少しずつ大人になり、数年後には「先生、僕、東京に行きます」と就職を報告してくれたこともあります。病気や症状を診るだけでなく、その人の成長や人生の変化にも長く寄り添い、一人ひとりの歩みを見守り続けられることを、田原院長は「家庭医療の醍醐味」と表現しました。
そして、開院から10年。私たちが大切にしてきたのが、地域に「家庭医療を実践できるフィールド」をつくることです。何もないところから草を抜き、石を拾い、少しずつ野球ができるグラウンドを整えていくように、家庭医療を実践できる環境を地域のなかにつくっていく。そんなイメージをもちながら、一歩ずつ試行錯誤を重ねてきました。
現在では、専攻医や医学生の受け入れも行っています。10年かけて育ててきたフィールドは、地域の人々を診る場所であると同時に、次の世代の医療者が家庭医療を実践し、学ぶ場所にもなっています。家庭医療を地域に届けながら、そこで働く医療者も学び、育っていく。私たちはこれからも、そんな家庭医療の場を岩倉で育てていきたいと考えています。
 
 
家庭医療を「実践」できるフィールドがあります
 
続いて、看護師の田原佳代子さんから、学会認定プライマリ・ケア看護師としての活動を紹介しました。
田原さんが主に仕事をしているのは、意外にも「受付」です。診察や処置の介助だけではなく、地域のさまざまな困りごとが最初に集まる受付で、患者さんの話を聞き、必要な医療や支援へとつなぐ役割を担っています。
なかでも田原さんが意識しているのが、限られた「時間」と「医療資源」を有効に使いながら、診療の安全と質を守ることです。当院では、直接来院いただく前に、まず電話で相談を受けることを基本としています。あらかじめ症状や状況を伺い、受診のタイミングや診療の流れを調整することで、患者さんの待ち時間を減らすとともに、急な受診や予期せぬ出来事にも対応できる「時間的な余裕」をつくっています。こうして生まれた余裕が、より安全で質の高い診療にもつながります。
「診療所のプライマリ・ケア看護師の役割は、患者さんと地域をつなぐこと」と田原さん。必要に応じて医療機関や地域の支援へつなぎ、受診したあとも「その後、どうしているかな」と気にかける。そうした一つひとつの関わりを重ねながら、患者さんが「また来たい」「何かあったら相談したい」と思える関係を築いています。
そして、田原さんが日々心がけているのが、「自分も含めて、みんなが機嫌よく楽しく過ごすこと」。患者さんはもちろん、そこで働く医療者も、そして自分自身も、無理なく健やかに過ごしていく。田原さんの「みんな」という言葉からは、患者さんを支えるだけではなく、関わる人それぞれが心地よくいられる診療所でありたいという思いが伝わってきました。
 
 

精神医療の歴史から、岩倉という地域を見つめる

続いて登壇いただいたのは、精神医療史や京都・洛北の地域史に詳しい中村治先生です。岩倉で精神障害のある人々がどのように受け入れられ、地域とともに暮らしてきたのか。その歴史を紐解きながら、医療と地域の関係についてお話しいただきました。
 
その歴史をたどるうえで登場するのが、岩倉にある大雲寺です。古くから病気平癒にまつわる伝承がありましたが、戦乱によって寺や仏像が被害を受けました。その後、寺を維持していくためにも人々に足を運んでもらう必要があったことから、寺は、頭上が焼けた仏像を「頭の病の苦しみを代わりに引き受けた仏」と捉え、病気平癒のご利益を伝えるようになったのではないかと中村先生は推測します。
やがて参詣に訪れる人が増え、1697年には眼病の人が参拝していた記録も残されています。その後、精神的な不調を抱えた人々も岩倉を訪れるようになり、大雲寺への参拝、井戸水を飲むこと、滝行などを求めて滞在するようになりました。
こうした療養には、2週間、3週間、ときには1ヵ月ほどの滞在が必要でした。しかし、家族がその間ずっと付き添うことは難しい。そこで生まれたのが、患者さんを地域で支える「看護人」という役割です。昼夜の見守り、食事の世話、洗濯などを担う人が雇われ、1700年代後半には、宿屋が看護人を雇って患者さんを預かる仕組みが成立しました。いわば「宿泊」と「ケア」が一体となった形です。
岩倉地域は、家族にとっては安心して患者さんを預けられる場所となり、岩倉地域には看護人という雇用が生まれる。さらに、患者さんが滞在することで地域の米や薪も消費される。こうして患者さんや家族と地域との間に「互恵関係」が築かれ、岩倉は患者さんを受け入れる地域として次第に知られるようになっていきました。
そのあり方が大きく変化したのが、明治以降です。当時の日本には、精神科医などいなかったにもかかわらず、南禅寺大方丈を用いて日本で最初の公立精神病院である京都癲狂院が設立され、「岩倉では治療が施されていない」という理由で、岩倉における患者預かりが禁止されたのです。しかし、京都府の財政難と任他主義への政策転換によって、1882年に京都癲狂院が閉院されると、患者さんは再び岩倉へ戻ってきました。
ところが京都府は、岩倉の人に癲狂院の設立を要求。岩倉癲狂院が1884年に設立されました。そして1900年に精神病者監護法が制定されると、民家で患者さんを預かることが禁止され、岩倉病院(岩倉精神病院(岩倉癲狂院が1892年に改称したもの)が1905年に改称したもの)がしだいに大きくなっていき、1920年には、公立精神病院をもっていなかった京都府の代用精神病院に指定されました。
代用精神病院への指定は、岩倉病院にとって名誉なことでしたが、公費患者を受け入れなければなりません。公費患者に対して京都府から支払われるわずかな金でも経営が成り立つように、岩倉病院は、岩倉の米を買わず、京都中央卸売市場で安い朝鮮米を買い、岩倉のたきぎを買わず、石炭を買うようになり、受け入れ患者数を増やし、増えた下水を岩倉川へ流すようになりました。
こうして岩倉の人は、患者さんの受け入れから利益を得られず、岩倉川の水が汚染されたことで、岩倉川で洗濯できず、汚染された岩倉川の水で作る米の値を下げられるようになっただけでなく、患者さんが増えたことで、風評被害を受けるようになったのです。
その岩倉病院は、軍需工場で働く人の宿舎として1945年7月に軍によって接収され、閉院されました。ところが1952年に岡山保養所が(新)岩倉病院を設立し、1970年頃から患者さんの解放をすすめ、患者さんが地域に出歩き、暮らすようになると、住民から不安や苦情の声が上がり、ときには住民が病院と衝突するようにもなったのです。
また、かつては地域住民が病院で働き、食事や生活に必要なものも地域で調達するなど、病院と地域の暮らしは密接につながっていましたが、現在では、職員が地域外から通勤し、給食なども外部化されるなど、病院が地域のなかにありながら、住民との接点は少なくなっています。それでも、地域巡回などの取り組みを重ねながら、病院と住民は、ともに暮らすための関係を長い時間をかけて模索しています。
「病院が地域にある」とは、ただ地域に病院の建物があることなのか。医療機関の側から、もう一度地域へ出ていき、関係をつくり直していく必要があるのではないか。中村先生のお話を通して、岩倉が歩んできた歴史を知るとともに、これからの医療と地域のあり方について、私たち自身もあらためて考えさせられました。
 
講演会参加者との集合写真
講演会参加者との集合写真
 

まちを歩いて、「岩倉」を知る。岩倉歴史探訪ウォーキング

サイトビジットに先立ち、同日の午前中にはプレ企画として「岩倉歴史探訪ウォーキング」も開催されました。
田原院長と中村先生とともに実際に岩倉のまちを歩きながら、地域の成り立ちや岩倉に根づく精神医療の歴史をたどるフィールドワークです。
中村先生のガイドのもと、午前10時にクリニックを出発し、まずは岩倉北部へ。その後、クリニック周辺や南部を巡り、最後は地元のお店でランチを囲みました。
実際の風景や建物、まちの空気に触れながら歴史を知ることで、午後の講演にもつながる、より立体的な学びの時間となりました。クリニックの中だけでは見えてこない地域の姿を、自分の足で歩きながら知る機会となりました。
 
岩倉川沿いを歩きながら、まちの歴史や暮らしに触れていきます。実際に歩いて、見て、話を聞くことで、岩倉という地域への理解を深めました。
岩倉川沿いを歩きながら、まちの歴史や暮らしに触れていきます。実際に歩いて、見て、話を聞くことで、岩倉という地域への理解を深めました。
 
地域の歴史を解説する中村先生。目の前に広がる風景と照らし合わせながら、岩倉の歩みをたどります。
地域の歴史を解説する中村先生。目の前に広がる風景と照らし合わせながら、岩倉の歩みをたどります。
 
岩倉川周辺や各町内に点在する「愛宕燈籠(愛宕講灯籠)」。火事や疫病からの守護神として知られる愛宕大神への信仰に由来するもので、現在も地域住民が当番制で灯明をともし、大切に守り継いでいます。
岩倉川周辺や各町内に点在する「愛宕燈籠(愛宕講灯籠)」。火事や疫病からの守護神として知られる愛宕大神への信仰に由来するもので、現在も地域住民が当番制で灯明をともし、大切に守り継いでいます。
 
ランチタイムは、岩倉の老舗洋食店「グリル宝」へ。昭和レトロな雰囲気のなか、食事を囲みながら参加者同士の会話も弾み、交流を深める時間となりました。
ランチタイムは、岩倉の老舗洋食店「グリル宝」へ。昭和レトロな雰囲気のなか、食事を囲みながら参加者同士の会話も弾み、交流を深める時間となりました。
 

地域を知り、地域を診る

当日は、参加者のみなさまからも積極的に質問が寄せられ、日々の診療やクリニックの運営、地域との関わり方などについて、活発な意見交換が行われました。
参加者からは、「受付で医療安全を守る仕組みづくりや、患者さんと医療者、双方の時間に余裕を生み出す取り組みが興味深かった」「地域に根ざした精神医療の歴史がとても興味深く、地域の記憶を忘れられないよう記録に残していく取り組みも素晴らしいと感じた」といった声もいただきました。
今回のサイトビジットは、参加者のみなさまとともに家庭医療や地域の歴史を学びながら、私たち自身も、日々診療している岩倉というまちをあらためて見つめ直す機会となりました。
地域を知り、そこで暮らす人を知り、その人の人生に長く関わっていく。家庭医療のおもしろさは、診察室のなかだけではなく、その先に広がる地域や暮らしにもあるのかもしれません。
今回のサイトビジットが、岩倉という地域や、ここで実践する家庭医療に少しでも興味をもっていただくきっかけになれば、うれしく思います。
当院では、これからも地域に根ざした家庭医療を実践しながら、ともに学び、ともに地域医療に向き合う仲間との出会いも大切にしていきます。
ご参加いただいたみなさま、そして最後まで記事をお読みいただいたみなさま、ありがとうございました。
 
プレ企画参加者との集合写真
プレ企画参加者との集合写真
 
「地域を診る」を、私たちと一緒に。
記事を読んでくださったあなたと、次はクリニックで直接お話しできることを楽しみにしています。
 

岩倉駅前たはらクリニックでは、一緒に働く医師を募集しています。

京都駅から約30分。ライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を大切にしながら、岩倉という地域で、子どもから高齢者まで幅広い世代の暮らしに寄り添う家庭医療を実践しています。
「地域に根ざした家庭医療に携わってみたい」「まずはクリニックの雰囲気を知りたい」という方も、ぜひお気軽にお問い合わせください。見学やオンライン面談も受け付けています。

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